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10分で理解するヒゲヒストリー

ヒゲの歴史というか、流行り廃りについて触れる機会があったので、ちょいと調べてみました。

 

古くは日本最古の歴史書である『古事記』。天岩戸の章に、須佐之男命(スサノヲノミコト)が髭を切られた上、手足の爪を抜かれて、高天原から追放されるという記述があります。ヒゲを剃られることが罰として成立するくらいの屈辱だったんですね。

 

時代は下って、平安時代中期までは僧侶以外はヒゲを生やすのが一般的だったようです。なぜ僧侶にヒゲがないのかは不明。平安時代後期から貴族階級の男子の間では眉作りや薄化粧などが流行り、それとともにヒゲを剃る習慣が定着していきました。

 

そして戦国時代。武士たちは強さの象徴としてヒゲを伸ばします。かの豊臣秀吉はヒゲが薄かったため、つけ髭をしていたとか。艶聞には事欠かなかった秀吉ですが、実は男性ホルモンが少なかったのでしょうか。

 

戦乱の世が終わり江戸時代になると、武士が強さを誇る必要がなくなりました。力を持て余した武士たちは、はけ口として賭博にのめり込み、次第に江戸の治安は悪化していきます。そこで、取り締まりが強化されるのは致し方ないとしても、なぜかヒゲまでがとばっちりを食ってしまいました。

 

1670年、第4代将軍・徳川家綱の治世下で、ヒゲを生やすことを禁じる「大髭禁止令」が発令。

 

この家綱という将軍、人柄は温厚だったとのことですが、彼自身がヒゲを嫌っていたという説があります。それはともかく、禁止令によって、医者・山伏・神官・人相見・それと還暦を過ぎた隠居老人以外はヒゲ禁止。特に大名に対しては厳格だったようで、ヒゲの生えた肖像画が残っているのは、徳川斉昭だけと言われています。

 

この禁止令、江戸時代が終わるまで約200年も続きました。

 

そして明治時代。文明開化とともに大髭禁止令も廃止。当時の日本人は服装と同様、ヒゲも西洋人をまねて伸ばし始めました。

 

明治期の総合雑誌「太陽」に掲載された人物写真1463人を分析したところ、なんと82%の人物に髭があったとか。特に政治家のヒゲ率は高かったそうです。伊藤博文を思い浮かべると、何となくわかりますね。

 

こうして眺めてみると、どちらかというと太平の時代(平安、江戸)はヒゲを剃る、動乱の時代(戦国、明治)はヒゲを伸ばすという傾向が感じられます。やはり乱世は、男性ホルモンの分泌を促進するのでしょうか。

 


 
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